研究方針

本ページでは,松原がどのような考えで研究を実施しているか,どのような方針で研究室を運営しているかについて説明します. あまりこういうことを書くのは得意ではないですが,仮にも研究室を主宰する身としては,特に学生とのミスマッチを防ぐためにも,明文化しておくことにしました. (2025.5)

実施している具体的な研究テーマは研究室のウェブサイトをご覧ください.

実施している研究

松原のグループでは主として「データから力学系をモデル化することで,高精度高速な計算機シミュレーションを実現し,科学的な実験や発見に貢献する」「画像・動画・テキストなどの生成及び識別を行う深層学習に対し,その写像や表現空間の数理構造を明らかにする,あるいは設計することで高精度化を実現する」という研究を実施しています. 一見すると随分違いますが,「事象を深層学習と数理的構造でモデル化する」というコンセプトが通底しています.

現在のAIブームは,畳み込みニューラルネットワーク(CNN)の一種が,画像認識のコンペティション(性能競争)で従来手法を圧倒的に上回ったところから始まります. CNNは通常の人工ニューラルネットワーク(MLP)と異なり,画像中の物体の位置に関わらず同じ特徴を取り出すことができる,つまり,並進群に対する同変性を持ちます. この特徴によって,画像識別の精度は飛躍的に向上しました.

我々が現実の問題に取り組みたいとき,それに何らかの「構造」があることを我々は予め知っています. 物理現象であればエネルギー保存則や運動量保存則,結晶構造なら回転同変性,画像の特徴にはベクトル空間の構造があります. 例えば,大規模言語モデルに用いられるTransformerは,単語の順序に対する不変性を持っていますし,出力ベクトルは双曲空間に近い幾何的構造を持つことが知られています. そのような構造をいかに数理的に表現し,理解し,発見し,さらに明示的に取り込み,識別や生成の精度を高めていくか,というのが私の研究に通底する大きなテーマです.

どんな学生が向いているか

松原自身は特定の応用分野に強いこだわりを持っておらず,様々な分野に共通する要素を見つけ出したいと考えています. そのため,深層学習や表現学習が関わるテーマなら,どんな応用先に興味がある学生でもたいていは受け入れることが可能です. 常にいくつかの研究テーマをストックしていますので,深層学習をやってみたいが特にアイデアはない,という学生でも大丈夫です. 数学や物理といった関連分野からの転学部も歓迎します.

松原のバックグラウンドやこれまでの研究実績,獲得している研究助成の都合上,生成モデルと力学系モデル化に強みがあります. 技術的には解析力学や非線形システム論,広くは微分幾何学を援用していますが,ファジィ論理や統計的学習理論を使うこともあります. ゴリゴリの理論系研究室ほど高度な数学は使いませんし,アプリ開発重視の研究室ほどプログラミングも必要ありませんが,両方ともそれなりに出来ることが望ましいです.

逆に,特定の応用分野やアプローチに強いこだわりがある場合は,私の研究テーマの範囲内か確認させてください. 場合によっては,より適した他の先生を紹介します. なお,完全なアプリ開発やサービス開発,デバイスやセンサの開発が必要な分野は扱いません. ロボット制は扱いますが,アルゴリズム部分のみ担当し,シミュレーションで完結するか,実機実験をするなら共同研究者にお願いする方針です.

ガクチカとしての研究

国際会議に出席するたび,日本からの研究発表の少なさに驚かされます. 総人口の多い中国やインドはともかく,欧州各国と比べても日本の存在感は大きくありません. その背景に,博士後期課程への進学率の低さがあります. 日本で博士後期課程といえば,ゆくゆくは大学教員になる人のための,何か特別なコースであるとみなされがちです. 私はこれが日本の研究業界の大きな問題だと考えています.

たとえばCVPRやNeurIPSといったいわゆるトップカンファレンスで,休憩時間に海外の学生と話すと,まず話題になるのが就活です. どこの企業インターンをしたとか,どこからジョブオファー(内定)をもらったとか,そういう情報交換が活発に行われます. 国際会議で発表する学生の多くは,大学教員を目指していません. CV(履歴書)を豊かにし,より良い企業に就職し,より良い給料を得るために研究をしています. そういう学生をヘッドハントしようと,多くの大企業やベンチャー企業が国際会議でブースを構えています. つまり,諸外国の学生にとって研究とはガクチカ(学生時代に力を入れたこと)であり,国際会議とは企業合同説明会なのです.

日本では依然として新卒一括採用が主流であり,企業は学生の博士号や研究実績を海外ほど高く評価しません. しかし,その傾向はどんどん変化しています. 終身雇用や年功序列の給与体系が崩れ,転職も珍しくなくなり,一方で日本企業の強みであった新人教育は疎かになり,学生のインターシップが一般化しています. 今後,日本のジョブマーケット(就活市場)はより海外のものに近くなり,また海外での就職を考える学生も増えてくることでしょう. 逆に言えば,今後ますます博士号と研究実績が、就職や転職に強い武器になっていくと予想されます.

私は学生の就職活動を応援しています. 人間は食わねば生きていけず,食うためには稼がねばなりません. ただ企業にアピールできる実績の中に「研究」があることを,そしてそれは多くの学生が想像するよりも,現実的で有効な手段であることを知ってほしいと考えています. そしてまた,研究を頑張った学生が民間企業に就職して活躍することで,産業界が大学における研究の重要性を認識し,大学への投資や学生への支援を積極的に行うような社会が作れれば良いと考えています.

なお,上記の話もあくまで工学部の特に情報系(CS系)に限った話であり,他学部にはまた異なる議論が適用されるものと考えています.